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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)994号 判決 1982年10月14日

上告人

株式会社弥谷

右代表者

弥谷宰吉郎

右訴訟代理人

北村義二

被上告人

小嶋隆

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人北村義二の上告理由について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、酒類・食料品類の販売業者である訴外地黄誠之輔(以下「訴外人」という。)との間で訴外人が上告人に対し現に負担し又は将来負担することのある一切の債務を担保するため、訴外人の原判示(1)、(2)の居宅及び同(3)の店舗兼住宅の各建物(以下「本件建物」という。)内に納置する商品(酒類・食料品等)、運搬具、什器、備品、家財一切を目的とする譲渡担保契約を締結し、占有改定の方法によりその引渡を受けた。(2) 本件譲渡担保契約においては、訴外人は同人の通常の業務の範囲内において無償で右担保物件を使用すること及び通常の営業の目的のために第三者に相当な価額でこれを譲渡することができ、右のように譲渡された物件は担保の範囲から除外されるが、反面、将来本件建物内に搬入される訴外人所有の物件は搬入の時に担保の目的に入り当然上告人に譲渡され、占有改定により上告人に引き渡されたものとすること、訴外人は毎月末日現在の担保物件の概要、価値を上告人に通知しなければならないこと等が約されていた、(3) 第一審判決別紙第二物件目録のうち1及び26ないし47記載の物件(以下「本件物件という。)は、上告人が差押をした当時本件物件建物内に存した家具ないし器具類であるが、本件物件については本件譲渡担保契約締結時から本件差押に至るまで別段の特定方法を構じなかつた、というのである。右事実関係に照らして考えるに、本件譲渡担保契約においては、一応目的物につきその種類、所在及び量的範囲が指定されてはいるが、そのうち「家財一切」とある部分は、そこにいう家財が営業用の物件を除き家庭内で家族全体の共同生活に供用されるある程度の恒常性と経済的価値を有する物件を指すものと解しうるとしても、家族の共同生活に使用される物件は多種多様であつて、右のような指定だけでは個々の物件が具体的にこれに該当するかどうかを識別することが困難な場合が当然予想されるから、これだけでは譲渡担保の目的物の種類についての特定があつたとするのに十分であるとは考えられないのみならず、右契約においては、譲渡担保の目的物として本件建物内に存すべき運搬具、什器、備品、家財一切のうち訴外人所有の物という限定が付されているところ、右にいう訴外人所有の物とそれ以外の物とを明確に識別する指標が示されるとか、また、現実に右の区別ができるような適宜な措置が講じられた形跡は全くないのであるから、これらの物件については本件譲渡担保契約は契約成立の要件としての目的物の外部的、客観的な特定を欠くものと解するのが相当である。そうすると、上告人が本件譲渡担保契約に基づき、本件物件がその目的物であることを主張してこれに対する被上告人の強制執行の排除を求める本訴請求部分を棄却した原判決は、結局、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 団藤重光 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人北村義二の上告理由

第一、原判決には、民事訴訟法三九五条一項六号に定める理由不備の違法がある。

一、原判決の認定した事実

原判決は本件譲渡担保契約の内容として、「各建物内に納置する商品(酒類、食料品等)、運搬具、什器、備品、家財一切」を右契約の目的物としたこと、そして「訴外人は同人の通常の業務(前記酒類食料品等販売業)の範囲内において無償で右担保物件を使用すること及び営業の目的のために第三者に相当な価額で譲渡することができ、譲渡された物件は担保の範囲から除外されるが、反面将来前記(1)ないし(3)の建物内に搬入された訴外人所有物件は搬入の時に担保の目的に入り当然被控訴人に譲渡され、占有改定により被控訴人に引渡されたものとする」こと、以上の事実を認定している。

二、原判決の理由不備

原判決は、右事実を認定したうえで、本件譲渡担保の目的物につき「本来内容の変動を予定していないその他の物件については、契約当初においても、その後本件差押に至るまでも物件の特定もなかつた(場所的に包括的限定をしても物件の特定とはならない。)のであるから、これら物件については譲渡担保の効力を認めがたい。」として、本件「運搬具、什器、備品、家財一切」(以下「什器等」と略す。)について譲渡担保の効力を否定している。

しかしながら、前記認定事実によれば、右什器等も前記各建物内に搬入された時に担保の目的に入る事が認定されているのであるから、本件譲渡担保契約においては、これら什器等も内容の変動を予定しているものというべきである。

しかるに、原判決が本件什器等につき、前記認定事実に反して変動が予定していない物件と規定し、あるいは理由を付せず本来内容の変動を予定していないと規定する事は、前記認定事実からは直接導きだす事のできない結論であり、右結論に至る理由は不備であるといわざるをえない。

よつて、原判決には理由不備の違法がある。

第二、明らかに判決に影響を及ぼす法令の解釈適用の違背が存在する。

一、譲渡担保は慣習法上の担保物権であるから、右物権の内容は歴史的に形成されてきた判例・学説の現在における到達点をもつて「法令」の趣旨と解さざるをえない。

二、集合物譲渡担保については、昭和三〇年一二月六日大阪地方裁判所判決(下民六・一二・二五五九)以来その有効性が認められ、本件原判決も一般的に承認している。しかし、原判決は「個々の物の変動にもかかわらず全体として一個独立の集合物と観念される商品については集合物として一個の譲渡担保の目的となる」としながらも、右商品が納置されていた本件各建物内の什器等については集合物となりえないとの判断を示しているようである。

三、しかし、昭和四七年三月二九日東京高等裁判所判決(昭和四四年(ネ)第一六七二号有体動産引渡請求控訴事件)は、本件と同じ什器等につきその存在場所の限定をもつて「特定性に欠けるところはない」旨明言している。右判決が右什器等をもつて集合物としての物定性を認めたのか、あるいは集合物ではないが物件の特定として充分であると判断したのかは不明であるが、いずれにしても物権成立の根本前提としての「特定性」につき、現今の経済取引実体に即応した極めて妥当なる判断を示しているものである。

四、本件においては「集合物」「特定性」及び「一物一権主義」という民法の重要な論点が問題とされているわけであるが、かかる問題について、高等裁判所段階における判断が真向から対立している状態は経済取引の安定を乱すものである。

五、上告人は、まず第一に本件什器等をもつて、本件の他の商品類とともに経済的に一体となつている集合物であること、そしてその集合物の特定性において場所的特定をもつて充分であることを主張するものであり、第二に、もし前記什器等が集合物でないとしても「特定建物内に納置されている物件」として特定性を満しているものであることを主張するものである。

六、まず、第一点について述べれば、甲第二号証譲渡担保権設定契約書において、いずれの場合も本件譲渡担保の目的物につき、商品と什器等を区別せず常に一体とした規定の形式をとつていること、原審認定の事実においても右二者を区別していないこと、さらに什器等についてもその内容が変動することが予定されている(同契約書第四条)こと、以上の事実から当事者間においては明白に一体として取扱つていることが推認できる。したがつて、当事者間において単一の集合物として契約している場合、対第三者との関係において単一の集合物として主張しうるか否かは、その単一性をいかなる規準に基づいて主張しうるか否かにかかるわけであるが、一言にして言えば他の物件と区別しうる客観的外部的規準を有しておれば充分であると考えられ、近時の学説に照らしても、本件の特定の場所による限定は集合物の特定として充分であると考える。

第二に、もし集合物でないとしても、本件の場所的限定は二義を許さない明白な規準であるから物件の特定として充分である。一般に「特定性」は具体的諸事例において相対的に規定せられるものであり、動産の特定に必要な要件というものが具体的諸事情と無関係に規定せられるものではなく、要は他と区別され二義を許さない明確性をもつて規定せられるかぎり特定性を満すものと考えるべきである。本件においては、特定の具体的な建物内に納置されている商品及び什器等であるから、譲渡担保の目的物に関し、なんら不明確さを残さないものであつて、第三者に対しても客観的外部的規準を公示されているものとして特定性は充分であることを強く主張するものである。

七、上告人の主張は以上のとおりであるが、原判決に接した折には正に古色蒼然たる感を禁じえなかつたものであり、現時の経済取引の現状と常識に余りにもかけ離れた法律論であることを悲しむものである。

よつて、貴最高裁判所におかれまして、前記高等裁判所の相反する判決を経済的進歩に向つて統一されんことを強く望むものである。

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